からだは全部でひとつ

僕の施術のベースになっているのが、「からだはひとつのユニットである」という海外の整体法の哲学です。つまり、からだは全部でひとつなんですよね。

からだの部分の名称は人間の「意識」がつけたものです。お互いに部分を確認するときは、名称は便利です。たとえば、「頭」と言えば、お互いに同じ場所が認識できますね。しかしながら、その名称があるゆえに、「それぞれ独立したもの」という錯覚も生んでしまいます。

人間のからだの外側は、完全シームレスな一枚の膜組織でつながっています。手の指から腕につながり、肩から下方向に進路を変えれば、腰、そして足までつながっています。外側と内側も分離していると思いきや、実はつながっています。顔の表面からくちびるまで進み、これまたシームレスに口内に続いています。喉の内側を通り、首から胴体の内側へと降りていきます。肺などに枝分かれする部分もありますが、消化器を進んでいくと、大腸、直腸と続き、今度はまた臀部の皮膚とつながってきます。

ですから、内臓の不調があったとしても、その内臓だけを診てしまうことで、全体のつながりを見落としてしまいます。内臓のまわりの組織、神経、筋肉、骨格など、さまざまな要素がその内臓に負担をかけていると考えてみるのです。その負担をかけている部分が、近い部分のときもあれば、まったく遠い場所にあることもしばしばです。

科学で解明できていないからだの機能がまだまだ存在します。神秘的なからだの前に、僕たちはあまりにも無知だと言えます。施術ですこし首をリラックスさせるだけで、腰の可動域がガラッと変わったりすると、「えー?なんで?」と言われることがありますが、それは僕たちの「意識」の部分でわかっていないだけで、「無意識」の部分では生まれてからずっと分かりきっているわけです。

「意識」で作られたからだの常識から、真実の常識にシフトしていく。ツライから施術を受けるのが整体ですが、最終的にはそんなつながりがわかって楽しくなってきます。

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